J-SOX対応後(After J-SOX)の大きな課題

法制度対応に追われるJ-SOXの現状と課題

 わが国では2000年3月期より、投資家向け開示情報は連結財務諸表が中心だった。2008年度(2009年3月期)からは、いよいよ金融商品取引法に基づく四半期報告制度と内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)がスタート。会計基準の国際会計基準への収れん(コンバージェンス)も進められている。これらはいずれも、企業の業績開示の公正性・透明性を高め、資本市場の安定と発展に資すことを目的としている。

 だがその一方で、情報化とグローバリゼーションの進展によって変化のスピードがますます加速し、従来のような個々の企業(個社)主体のグループ企業運営は難しくなってきている。 こうした経営環境の変化に対して柔軟に組織対応するため、多くの企業がグループのガバナンスと業務の連動性を高めた「グループ連結経営」に移行しつつある。

 しかし、米国と比較すると、グループ連結経営の歴史が浅いため、子会社に対するコントロールが十分でない企業が多いようである。その上、バブル崩壊後の1990年代~2000年代前半にリストラを進めたために人材が不足し、本社機能が弱体化している企業が多く、海外拠点の場合は地理的に離れていることもあって、コントロールがいっそう難しい状況ではないかと思われる。

  またITや情報システムについても、従来は子会社ごとにシステム化を進めてきたケースが多く、そのような企業ではグループとしての標準化や統合が困難である。それを推進する人材も足りないことが多い。

 このように、グループ全体のガバナンス強化と全体最適化を前提として、内部統制構築や経営効率化をトップダウンで進めることが喫緊の課題となっている。ところが現実に目を転じると、多くの企業ではボトムアップ的な個別業務の文書化が重い負荷になっている。

 法制度への対応に追われ、業務の標準化・共通化を併せて実施する余裕がないまま文書化を進めているため、内部統制整備にかなりコストがかかっている上、運用フェーズでも、評価作業に多くのコストがかかっていることがJ-SOX初年度の進捗遅れの原因となっている。

従来の活動から乖離したJ-SOX対応

今日、多くの企業は、これまで実施してきたリスク・マネジメントやコンプライアンスの活動とは切り離した形で、J-SOXへの取り組みを進めている。J-SOXが法制度対応として期限を切られた課題であったことも、その一因だろう。

 しかし、企業がこれまで認識してきたリスクと、今回のJ-SOXで認識したリスクは、いずれも企業活動における重要なリスクであり、本来は統合的に管理されるべきである。

 また、J-SOXはガバナンスの具体的な一形態であるにもかかわらず、従来のガバナンスとは別次元の扱いでプロジェクトを進めてきた企業が多いようだ。

 一般的なトップダウンのガバナンスに対して、内部統制整備は「現場におけるプロセスの文書化の積み上げ」というボトムアップ型で行われている。内部統制整備では、プロセス・ベースで文書化した何百という業務フローや、抽出した何千というリスク項目およびコントロールのうち、何が重要なのかを経営者が判断することは難しい。このこともリスク・マネジメントとの結びつきを難しくしている。

 こうした状況で構築・整備した内部統制を、ただ法制度対応として高額のコストを費やしながら粛々と運用していくのか。それとも、費やしたコストを超えたリターンの獲得と企業価値の向上に結びつけるべく、内部統制を発展させていくのか。その選択が、J-SOX対応後(After J-SOX)の大きな課題となる。これが次に紹介する「After J-SOX研究会」の活動の起点となっている。

<連載テーマ>

●J-SOXが抱える課題とその解決に向けて
第1回 J-SOX対応を企業価値向上の契機に
第2回 After J-SOXを模索する企業の意識と課題
第3回 「企業価値を高める」とはどういうことか
第4回 「内部統制成熟度モデル」を提案する
●J-SOXの運用改善と効率化
第5回 J-SOX対応の運用効率化とコスト削減を考える
第6回 内部統制強化とコスト削減の切り札「シェアード化」
第7回 内部統制評価とシステム監査をアウトソースする
第8回 内部統制強化のためのシステム改善・再構築とは
●J-SOXから統合リスク・マネジメントへ
第9回 内部統制を拡張したERMの構築
第10回 ERMを実現する企業情報システム像
第11回 内部統制・ERMと文書管理・記録管理の重要性
●連結経営による企業価値の向上
第12回 After J-SOXとして目指すべき企業価値経営
第13回 連結経営の今日的課題
第14回 企業価値経営におけるIT環境の重要性
第15回 企業価値の向上に重要な人財の育成
●結び
第16回 連載終了にあたって ― 日本企業へのエール